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夏休みに仙台から青森までヒッチハイクで再帰省した思い出【第1夜】仙台→雄勝編

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コミュ障で陰キャの情報系底辺学生が、無謀にも仙台→青森のヒッチハイク乞食旅を敢行してしまったので、その恥ずかしい思い出をここに書き記してみようかと思う。

 

いきさつ

究極的に個人的な事情を、素人の拙い文章でひたすら長ったらしく回りくどく書き連ねているので、読み飛ばしていただくことを前提に、いきさつを読み飛ばすボタンを作ってみた。

いきさつを読み飛ばして旅の記録を読む(推奨)

非常に唐突で申し訳ないのだけれど、画面の前でこれを読んでいる皆様にひとつお願いがある。これから僕が並べる5つのキーワードを使って、とある一人の女性の姿を想像していただきたい。

一つめ、美人。二つめ、性善説。三つめ、自己犠牲精神。四つめ、精神論、五つ目、優しすぎる。

文章上での出題なのでシンキングタイムは皆様が各自で作ると捗るかと。あるいはこのまま無視して読み進めるという選択肢もおすすめできないわけではない。僕には見える、限りなく100%に近い読者が後者を選択する姿が。

さて、想像できただろうか。隠すこともない、それが僕の彼女の姿だ。無論画面の向こう側の世界の嫁とか、あるいはドンキで買った空気で膨らませる嫁とか、そういう擬似彼女ではなくて、リアル世界の三次元彼女である。

彼氏である僕が言ってしまうと、まるで自慢のように聞こえてしまう可能性もあるのだけれど、あえて堂々と自慢であると言わせていただこう。僕の彼女は地元で一番の美人だ。そして元気で明るい性格だ。おまけに彼氏に尽くすタイプだ。三歩下がって付いてくる大和撫子タイプだ。どうだ、羨ましいだろう。

彼女ほどに気立ての良い美人という言葉が似合う女性はなかなかいない。接客業をさせれば店の売り上げを飛躍的に伸ばし、男性客のリピーターを増加させてしまう姿に、彼氏である僕もまた低い鼻を高々と掲げたくなるのは当然のことだ。

彼女に言い寄る男は多い。地元の工業高校では、彼女を巡って第二次世界大戦にも劣るとも勝らない戦争が引き起こされたという噂もあるほどだ。彼女はおそらくクレオパトラか、あるいは楊貴妃の生まれ変わりなのだろう。

あえて彼女の欠点を挙げるとするなら、お人好しが過ぎることだろうか。狂気さえ感じられるほどの性善説論者で、人を簡単に信用しすぎてしまうきらいがある。たとえ強引なナンパ師であったとしても、ほんの少し紳士的なところが見え隠れした途端に信用してしまうのだから、彼氏である僕は不安で夜しか眠れない。

また彼女は周囲の人を傷付けることを極端なまでに恐れている。彼女曰く自分の周囲の人達には幸せであってほしいとのことだ。なんて優しい娘なのだろう。しかし何事も行き過ぎは良くない。気味の悪いストーカー男や、同僚のセクハラ痴漢野郎のハートにまで配慮し、あろうことか彼等の幸福まで願ってしまう彼女の心情は、なかなかどうして理解に苦しむところである。

親元を離れたかった僕は、高校を卒業した後県外へ進学した。対して彼女は、ママの病気を治すためにお金が必要だと言い、地元資本の大手商社に就職した。まあなんと親孝行な娘だこと。かくして僕らは遠距離恋愛を始めるに至った。

彼女は新人研修でガソリンスタンドに配属された。配属先のガソリンスタンドには彼女の他に女性店員がいなかった。所長から平社員、バイトに至るまで皆男性店員であった。彼女は野獣の闊歩するサバンナに放り込まれたのだ。

同僚達はここぞとばかりに彼女の貞操へ向けて狙いを定めた。バイトの大学生は、彼女を執拗に自分の部屋へ誘い、ペアのネックレスをプレゼントし、彼女の退勤を待ち伏せし、しまいには勤務中に胸を揉んだという。

彼に対し、僕はまずtwitter上での接触を試みた。

お前の行動は全て把握している、彼女は嫌だと言えない人間なのだ、迷惑だからやめてくれ。碓かそんなニュアンスの文章をDMで送ったと思う。すると彼はあっさりと平謝りし、次の日から彼女への求愛行動がぱったりと止んだという。一件落着、僕の不安は解消された。しかし彼女は不満気だった。職場の空気が悪くなったと不満を漏らした。

35歳のベテラン店員は、彼女と二人で遅番に勤しむ最中、服の上からブラのホックを外したという。それに留まらず、彼女を事務所の奥に連れ込み、このブログ上ではとても口に出せないわいせつ行為に及んだとも聞かされた。ごめん、我慢できないや……彼はそう囁いたという。

画面の前の読者の皆様は、わいせつ行為とみだらな行為の違いをご存知だろうか。この二つの違いは端的に言うと本番行為の有無だ。わいせつ行為は本番行為なし、みだらな行為は本番行為あり。

当然のことながら、たとえわいせつ行為で留まったにしても、僕の中に彼を見逃そうという考えは微塵もない。このまま見逃して放置を続けてしまえば、いずれみだらな行為に及んでしまうことは誰の目にも明らかだ。

彼の言動は弁護士沙汰、もっと言えば警察沙汰になって然るべきだ。彼のわいせつ行為を許してはならない。最大限抵抗しなければ、いつか最悪の自体に陥ってしまう。まずは親にでも良いから相談してみるべきだ。僕は彼女にそう伝えた。その返答は最悪なものだった。

 

「大丈夫だよ、あの人彼女いるから」

 

性善説論者ここに極まれり。僕は唖然とさせられた。もし彼女の言い分が通用するのであれば、世の中から浮気という概念は跡形も無く消え去ってしまうだろう。女性には男に思考回路なぞ分からないものである。

 

「そういう人はね、彼女がいても他の女に手を出すものだよ」

「大丈夫、自分のことは自分で守れるよ」

「大丈夫って言うときほど大丈夫じゃないよね。手遅れになる前になんとかしようよ」

「自分の問題だから大丈夫、気にしなくていいよ。それに、あんまり大事にしたら、職場の空気が悪くなっちゃうから」

 

何度も大丈夫だよ、大丈夫だよと言う彼女の姿に僕は脆さを感じた。その後も必死の説得を続けたものの、彼女が自分の意志を曲げることはなかった。どうやら彼女にとって、職場の空気は自分の貞操よりも大事なものであるらしい。分からないでもない。しかし僕の心配も少しは汲みとってほしいものだ。そんな考えはわがままだろうか。

不安な夜が続いた。飯が喉を通らない日もあった。一晩中眠れない日もあった。僕がこうして呑気に夕食を作り、食い、シャワーを浴び、ブログを執筆し、試験勉強をし、ソシャゲやアケゲーに興じている間にも、彼女は同僚たちによるわいせつ行為に傷付けられ、言いなりになり、抵抗できず汚され、泣いているのかもしれない。いつかのように、彼女から「助けて」とメッセージが送られてくるかもしれない。

そうして貯め続けた不安が爆発し、強い怒りに変換されたとき、僕は小牛田発仙台行きの鈍行列車に揺られていた。夏休みの最初の一週間をまるまる使って、青春18きっぷで彼女の待つ青森へ帰省した帰り道のことであった。

翌日、僕は再び青森へ帰ろうと決心した。青森へ帰って、35歳のベテラン店員と話をしなければならない。彼氏である僕が沈黙していてはいけない。職場の空気なんざ知ったことではない、ひと波乱起こしてやろうではないか。地元で一番の美人さんの彼氏である僕に、できないことなどあんまりない。そう言ってやろうではないか。

しかし、だ。問題がある。

35歳のベテラン店員と話し合うにあたって、僕はいささか若すぎるのだ。平成9年、1997年12月生まれ、つまり2016年8月時点で18歳。しかも学生で、バイト経験すらない。相手は大卒であれば13年、高卒なら17年、もしも中卒であったとしたならば20年もの社会人経験を積んでいる猛者であるわけであって、社会経験では圧倒的にこちらが不利なのだ。

何の策もなしに殴り込んでいったところで、道端の石ころのように、あるいは街路樹に寄り添うように群生するシロツメクサのように軽くあしらわれてしまうのがオチだろう。

さて、どうしたものか。

 

僕がただの無力な学生だと思ったら大間違いだ

社会経験で圧倒的に負けているのであれば、非尋常性で圧倒するのだ。

たとえば青森へ帰省するのに高速バスを使うとする。これではあまりにも普通すぎる、尋常すぎる、枠から外れてなさ過ぎるのだ。高速バスなんてものは、普通の学生が利用する、ごく一般的な移動手段でしかない。高速バスで長距離を移動するような普通の学生が、17歳も年上の社会人と対等に話し合いが出来るとは思えない。

そこで、あまり一般的ではない移動手段、たとえば徒歩だとか、ロードバイク、そしてヒッチハイクなんかで帰省することで、僕がどこにでもいるごく一般的な学生ではない、尋常ではない逸脱した学生であることをアピールし、相手を話し合いの場に着席する気にさせようというのが今回の作戦の概要だ。

また副次的な効果として、彼女を狙う男達の中での、僕の存在感を強めることにも期待したい。

僕はお前達の悪行を仙台から睨んでいるぞ。その気になればお金がなくとも青森へ帰省し、お前達の股間に一発でも百発でも気が済むまで蹴りを入れ、その機能を失わせてやることだってできる。僕を無力な学生だと思うのならそれは大間違いだ。そんなメッセージを、ヒッチハイクを通して青森の男共へ伝えてやるのだ。

頭に血がのぼっていた。

 

まずはスケッチブックとペンを買いに行こう

僕は美大生でもなければ元美術部でもない、ごく普通の情報系学生なので、まずスケッチブックなんて所持しているわけがない。ついでに太いペンも買いに行かなければならない。ボードの文字の視認性は何よりも大事なことなのだ。たぶん。

ヒッチハイクをしようと思い立ったのが午後の2時頃だった。速攻でシャワーを浴びて着替え、地下鉄南北線で仙台駅へ向かい、駅前のLoftでスケッチブックとペンを購入した。合計1300円、高速バスの運賃に比べたら安いものだ。

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旅に出る前の置き手紙として、Loftのペン売り場の試し書きコーナーに、緑の水性ペンでおぱんぽん!と殴り書きでメッセージを残してやった。そして、小学校時代からの友人である某M大生のA君に、LINEで「ぼくはあの方に舐められているのかもしれない なので一皮剥ける旅に出てきます」とメッセージを送った。

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今回の目的地は青森、つまり北の方角なので、再び地下鉄南北線に乗車し、北の終着駅である泉中央駅で下車した。そこから泉インター方面へ10分ほど歩き、将監トンネルの入口前でスケッチブックを広げた。ここが旅のスタート地点、ここから全てがはじまるのだ。

 

「乗せてください!泉インター方面」

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はじめて書いたボードである。なんて細い字なのだろう。よくもまあこんな視認性の悪いボードで車を捕まえられたものだ。これから旅が進むにつれ、徐々にボードの文字も太く濃くなっていくので、その点にも注目すると面白いかもしれない。

将監トンネル手前の交差点にボードを持って立った。手に汗をかいた。心にも汗をかいた。市街地なので、車の交通量はもちろん人間の交通量も多く、目の前の信号待ちをする歩行者にはそれはもうジロジロと見られた。通報されるかもしれないとも思った。

1分が10分に感じ、10分が100分に感じた。無心で立ち続けることで恥ずかしさを紛らわした。両手でボードを抱え、ドヤ顔をキープしたまま、僕は心を持たない沿道の看板と化した。

体感で150分、つまり15分ほど経過したころ、目の前に銀色のプリウスが窓を開けて止まった。プリウスの中から、50代くらいのサラリーマン風の男性がこちらをじっと見ていた。

 

「こんにちは!あの、ヒッチハイクで青森を目指してるんですけど、もしよければ途中まで乗せていただけませんか!」

 

そもそも僕を乗せるために止まったとも限らない、ただ通話のために止まっただけなのかもしれないドライバーを前にして、勇気を振り絞って、脳内で思い描いた定型文を発した。噛まずに言えたかは自分でも分からなかった。

 

「泉インターまでだけど、それで良い?」

 

おじさんはそう言った。

 

「ありがとうございます!是非お願いします!」

 

はじめてのヒッチハイクが成功した瞬間だった。僕はおじさんの行為に甘え、図々しくもプリウスの助手席に腰を下ろした。それはもう、何度も何度もお礼の言葉を伝えた。

 

「学生かい?」

「はい、専門学校の一年生です!」

 

根暗なコミュ障であると感づかれないよう、元気な若者を演じた。無理やり声を張った。日常会話よりもワントーン高く、なるべく爽やかな喋り方を心がけた。それはもう、暑苦しい体育会系のようなノリを頑張って作った。

 

「なんでまたヒッチハイクなんてしようと思ったの?」

「ネットでヒッチハイカーのブログを読んで、面白そうだと思ったんです」

 

皆様が読み飛ばしたと思われるいきさつの項では述べなかったことだけれど、これもまた事実だったりする。以前からヒッチハイクで旅をしてみたいという気持ちはあったのだ。

 

「これから暗くなるけど、何時頃に到着するんだろうね」

「普通に自分で車を運転するより1.5倍かかるって聞きました」

「それもまたネット?」

「そうです」

「今の若い人は何でもネットを鵜呑みにしちゃうからねえ。本当にそのくらいの時間で着くと良いんだけど」

「ごもっともです」

 

将監トンネルを抜けて国道4号と合流してすぐ、泉インター手前の交差点でおじさんは止まった。名残惜しいけれど、おじさんともここでお別れしなければならない。

 

「良い人に拾われるといいね」

 

おじさんはそう言った。僕はおじさんに感謝の嵐を浴びせた。ありがとうございますと感謝の言葉を連呼した。しかし何度言っても伝えきれない。それくらいに大きな感謝の気持ちを抱いた。この場を借りてもう一度言わせていただこう。おじさん、ありがとうございました。

おじさんの優しさを噛み締めつつ、そして小躍りしつつスケッチブックを広げた僕は、さっきとは比べ物にならないほどの太さで「乗せてください!岩手方面」と書いた。書いたというよりかは描いたという表現のほうが正しいかもしれない。

 

夕暮れのヒッチハイク

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午後7時30分。空はまたほんの少しだけ青さを残しているものの、あたりはすっかり暗くなっていた。何か明かりがなければボードが見えない。そこで、買い換えたばかりのスマホ、Nexus5xのライトでボード照らすことにした。

左手でボードを持ち、右手でスマホを持つ。表情は相変わらずドヤ顔だった。

ボードの文字はNexus5xのオレンジ色のライトに照らされているものの、車のドライバーから文字が見えているかは正直怪しいところだ。ロードバイクに装着している、公称値1300ルーメンの中華ライトでも持ってくるべきだっただろうか。

そうして10分が経過した。20分が経過した。スマホを掲げ続ける右腕が疲れてきた。車が僕の傍を通り過ぎては消え、通りすぎては消え、幾度も繰り返した。30分が経過した頃、自転車に乗った関西訛りのおじいさんに話しかけられた。

 

「あんた、何やってんの?」

「ヒッチハイクです。あの知らない人の車に乗せてもらうやつですよ」

「青森まで行くんか」

「はい、実家が青森なんです」

「ほーお、東北の人は良い人ばっかだからね。到着するといいね。頑張って」

 

信号が青に変わり、関西訛りのおじいさんは去っていった。あわよくばおじいさんの車で青森まで行けないだろうかと図々しい考えも浮かんだものの、小心者の僕がそんな提案を出来るはずがなかった。

40分が経過した。僕の体はとっくに沿道の看板と化し、いよいよ諦めの色も見えてきた頃、僕の後方10mくらいのところに大型トラックが一台止まり、恰幅の良いおばさんが降りてきた。

 

「雄勝までなんだけど、乗ってくかい?」

「はい、是非お願いします!」

 

おばさんが天使に見えた。大天使に見えた。雄勝ってどこだっけ。秋田の南のほうだったかな。本当は高速に乗る車に拾ってもらい、盛岡の手前の紫波SAあたりまで行けたらそれが理想だったのだけれど、この際乗せていただけるのであれば、真逆の福島方面に向かう車でもいい。そうとさえ思えた。それにしても女性のトラック運転手だなんて格好良いな、憧れるな。

トラックに乗り込むと、運転席にはこれまた恰幅の良いおじさんが乗っていた。おばさんは運転手ではなく、旦那さんの付き添いでトラックに乗っていたらしい。仲の良い夫婦で羨ましい限りです。

 

「学生さん?」

「はい、専門学校の一年生です」

「アンタ聞いたかい?20代だよ20代。いいなー若くて」

「俺もまだ20代だよ、29だ」

「いえ10代です。18です」

「あれま18だって!オレらが18の頃だなんて、もっとパッパラパーだったよ」

 

おばさんの一人称が「オレ」であることに衝撃を受けた。女言葉というものが一般的でなかった江戸の頃は、女性も「俺」という一人称を使っていたのだという。それが一部の地域、このご夫婦の住む街にはまだ残っているのだろう。

 

「俺が18の頃は何してたかなー。そうだな、族の頭張ってたな」

 

更に衝撃を受けた。おじさん、いや、29歳なのでお兄さんと呼んだほうが適切だろうか。おじさん改めお兄さんは、外見上は柔和そうな雰囲気を漂わせているにも関わらず、かつて暴走族の総長だったというのだ。

 

「彼女さんはいるのかい?」

 

おばさんが言った。さて、答えようではないか。

 

「はい!というか、彼女に会いに行くためにヒッチハイクしてるんです!」

「きゃー!青春してるねぇ」

 

狂気を感じるほどの性善説論者で、自己犠牲精神が強く、大丈夫が口癖で、耐える必要のない耐え難きを耐え、忍ぶのも馬鹿らしい忍び難きを忍ぶ、馬鹿で阿呆で危うく脆い彼女へ会いに行く。それもまた今回のヒッチハイク旅行の目的の一つだ。しかし主目的ではない。

 

「コーヒー飲めるかい?」

「はい、大好きです!」

「そりゃあよかった。はいどうぞ」

「ありがとうございます!」

 

道中、缶コーヒーをごちそうになった。砂糖の入ったコーヒーが嫌いな僕は、缶コーヒーのパッケージを見て、えぇ加糖かよと残念に思ったものの、飲んでみると拍子抜けするほど美味しかった。なんとも不思議な甘さだった。ごちそうさまでした。

 

「アンタどっち飲む?」

「俺コーラで」

「えぇ、オレがコーラ飲みたいんだけど」

「じゃあスプライトでいいよ」

 

おばさんがコーラを奪い取り、ガブガブと飲み始めた。お兄さんに拒否権はなかった。おそらくこれが僕と彼女であれば回し飲みしているところだ。どうだ、羨ましいだろ。

 

「俺もコーラ飲みたかったなー」

「夫婦なんですから回し飲みすればいいんじゃないですか?」

 

僕はおばさんに提案した。

 

「えぇやだよ。コイツの一口、デカいんだもん」

「一口は一口だよ」

 

実に仲の良い夫婦である。僕もいつか彼女とこんな関係になれたらと思うのだけれど、お互いに遠慮がちな性格であるが故、なかなかお互い相手の領域へ踏み込んでいけないのが現状だ。

 

「オレ、スプライトも飲みたいな」

 

コーラを完飲したおばさんは、続けてスプライトを飲み始めた。もちろん、スプライトは本来お兄さんのものであった。尻に敷くという言葉を体現したような夫婦である。

 

「お兄さん、尻に敷かれてますね」

「いやいや、男が尻に敷かれるのはいいことだよ」

 

お兄さんが言った。僕も同意見だ。男が主導権を握ると、往々にしてロクなことにならないものである。もちろん女性が主導権を握れば上手くいくというわけでもないのだろうけど、少なくとも男が主導権を握るよりはずーっといい。

 

「僕は尻に敷かれるどころか舐められていますよ」

「気が強い人なの?」

「むしろ気は弱いほうです。なんていうか、事なかれ主義というか、自己犠牲精神の塊というか。すぐ周りの大人の言いなりになっちゃうんで、心配なんですよ」

 

いっそのこと、全てを打ち明けてしまおうか。

 

「僕の彼女、春からガソリンスタンドで働いてるんですけど、同僚にセクハラを受けてるんです。あれをセクハラと言っていいものかは分からないんですけど、服の上からブラのホックを外されたり、事務所の奥に連れて行かれて服を脱がされたり」

「それで、弁護士か警察に相談するべきだって彼女に言ったんです。そしたら、職場の空気が悪くなっちゃうから我慢するって言うんですよ。まったく馬鹿な彼女ですよ」

「今回青森に帰省する目的は、彼女をセクハラしている35歳の男と話をすることです」

 

僕は夫婦に全てを明かした。それをこの場に書いてしまったことで、同時に読者の皆様にも全てを明かしてしまったこととなる。全てノンフィクション、現実の世界で起きていることだ。身バレ対策で多少のフェイクは入れているにしても、9割方事実だと思っていただいて構わない。

 

「かっこいいじゃん。青春だな」

「必ず勝って来るんだよ。でも手は出しちゃ駄目だかんね」

「何言ってんだよ、男はいざとなったら自分の手を汚さなきゃ駄目だ」

「そう言ってアンタはいつもオレに苦労を掛けるんだよ」

「大丈夫です。手を出そうにも、手の出し方が分かりませんから」

「もしかして草食系ってやつかい」

「はい、いわゆるそれです」

「なんだったら俺が護身術でも教えてやろうか」

「おとーちゃんは強いよ。教わったらどうだい」

「僕、力がないんですよ」

「大丈夫大丈夫、護身術って力が無い人のためのもんだから、少しの力でヒョイッとやれるもんなんだ」

 

この時既に僕は分かっていたのだ。自分の行動がいかに馬鹿げているものであるかを、いかに青く無謀で未熟なものであるかを。そんな行動に対してまさか温かい声援をいただけるだなんて予想だにしなかった僕は、思わずその場で泣き崩れてしまうところだった。

 

「雄勝って秋田でしたっけ。碓か国道13号が通ってますよね」

 

今更ながら目的地に関する話題を出してみた。本当に今更である。普通のヒッチハイカーであれば、もっと早くに聞いているところなのだろうけど、自らの地理知識を過信している僕はそれをしなかった。愚か者め。

 

「そうだな、雄勝は秋田の南のほうだな。下道で青森に行くトラックは、けっこう13号を通ったりするから、雄勝の道の駅に行けば、おそらく青森方面に向かう車が見つかるんじゃねえかな」

「俺もなあ、明日仕事が無かったら青森まで乗せていってやったんだけど」

 

度量の広いお方だ。僕も29歳になる頃にはこんな大人になれたらいいと思う。いや、なれたらいいではなくて、なってやろうと言うべきか。

 

「おとーちゃん、オレそのうち青森に行ってみたいんだけど」

「ああ、そのうちな。そのうち。俺の調子が良いときで」

「青森は何もないっすよ。せいぜい岬の先端の石碑から大音量で津軽海峡冬景色が流れるくらいです。マグロはなかなか現地で食えるもんじゃありませんし、あとは目が光る遮光土偶の形をした駅くらいしかないですね」

「面白そうじゃん。今度青森行ったら観光案内してよ」

「青森なあ、昔行ったときは、結構遊ぶ場所もあったと思ったけどなあ。秋田こそ何もねえよ」

 

本州の最果てである青森より何もない場所といったら、海を渡って北海道の道東、道北まで行くしかないと思うのだけれど、お兄さんはそれ以上に秋田こそ何もない場所だと言う。

 

「もうちょっとで秋田に入るな」

 

お兄さんの運転するトラックは県境の鬼首トンネルに差し掛かろうとしている。ずーっと前方のほうで、法定速度を順守する遅いトラックが道を塞いでいるらしく、気付けば前後にトラックの隊列が組み上がっていた。お兄さん曰く、本来であれば国道108号は高速並みのペースで流れるのだという。

 

「アレだな、話を聞く限りだと、君の彼女さんは危なっかしいな。そのうちレイプでも食らうんじゃねえの。首輪でも付けといたらいいんじゃない、マジで」

「首輪は冗談にしても、指輪とか嵌めさせたらいいんじゃねえかな。安いものでもいいからさ。私にはもう男がいますよってアピールになっていいと思うな」

「なんだったら彼女さんを仙台に呼んで、同棲しちゃったらいいんじゃねえの。彼女さん、今はガソリンスタンドで働いてるんだろ?ガソリンスタンドの求人ってさ、経験者が有利なんだよな。きっと仙台でも簡単に仕事は見つけられると思う」

 

お兄さんが言った。今まで「首輪で繋いでおけ」と冗談で言われたことは何度もあった。しかし「指輪をプレゼントしろ」とアドバイスされたのはこれが初めてだ。僕としても、彼女を仙台に呼ぶか、あるいは今すぐ青森に帰って働くかのどちらかができればそれが理想なのだけれど、それが実現できたら今僕はこうしてヒッチハイクをしていないだろう。

さて、また買うものが増えてしまったなぁ。

 

そして雄勝の道の駅へ

「それじゃ、彼女さんによろしくな」

「本当に何と言っていいやら。どうもありがとうございました!」

 

時計の針がてっぺんに差し掛かろうとする頃、雄勝の道の駅でお二方と別れた。お二人への感謝は何度言おうが何度書こうが伝えきれないほどのものだ。ん、さっきも同じような文を書いたような。仕方が無い、心優しいドライバーの皆様への感謝は尽きないのである。

お兄さんによると、雄勝の道の駅にはシャワールームがあるとのことで、青森方面や秋田方面に向かうドライバーが数多く立ち寄るとのことだった。ここで上手く青森行きのトラックに拾っていただくことに成功すれば、青森への到着時刻は朝の6時頃になるだろうとも聞いている。

数時間振りにスケッチブックを広げた僕は、これまた数時間振りにペンを取り出し「乗せてください!秋田方面」と書いた。青森方面へ向かうトラックであれば、このまま国道13号線を北上し、まずは秋田市方面へ向かうはずなのだ。

その刹那、購入したばかりのNexus5Xのバイブレーションが3回鳴り響いた。彼女からのLINEのメッセージが3通ほど届いていた。その内容は以下の通り。

 

「喰われた…」

「○○さん(35歳のベテラン店員)に喰われた…」

「泣いてる」

 

目を疑った。あまりにもタイミングが悪すぎた。僕は間に合わなかったのだ。全てが終わっていた。頭に血がのぼる感覚が分かった。体中に冷や汗をかいていた。脂汗もかいた。

僕はすぐさま「○○さんを出せ」と送信し、彼女に電話をかけた。言わずもがな、まだ彼女の隣でのうのうとしているであろう35歳のベテラン店員と話をするためである。

第2夜へつづく。

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